菊水・鍋蓋・再度

, , , コメント: 4

Tenseien-Path 天清園道・菊水山・城ヶ越・神戸アルプス・甑岩。

2017年1月28日 土曜日。10:05起床。今日は暖かく穏やかな天気。新しいシリーズ山行の第一回目といく。参考にするものや、下調べなどは別途記事にしてみた。身支度を整えて出発。今日歩くのは「Tensei-en Path – Turtle Hill Kobe Alps – Steam-Cooker Rock」。

Start-序盤の街歩き


11:24 JR神戸駅で下車して湊川神社へ。「菊水紋」が至る所に見られる。これが「菊水山」の山名のもとなんだなぁ。ゴールはさておきスタート地点は大事にしたい。ここから北上し大倉山公園へ。


大倉山公園内には色々と石碑がある。その中でも一際大きな「初代兵庫県知事 伊藤博文の銅像の台座」。銅像は当初1904年に湊川神社本殿の横に設置されていたそうだ。

一角に坂本村阯碑があるのを今日初めて知った。フェンスに囲まれてひっそりと佇んでいる。さて、大倉山公園をあとにして有馬街道へ出る。


平野の交差点を西へ進んで天王橋。橋には昭和三十五年三月竣功とあった。架け替えられたのかな。この写真の右にある細い路地を北に上がっていく。路地を入ってすぐ右手に「平清盛ゆかりの地 湯屋跡・湊山温泉」の案内があった。


天王温泉は廃業されていて、住宅になっている。一角に昭和32年に建立された石碑が残っているのみ。激渋温泉が消えたのは時代の流れか…。守護神は豊国稲荷神社とある。


温泉橋の向こうに“現役”の湊山温泉。経営権を変えてなんとか営業されているようだ。下を流れるのは天王谷川。この橋の北側には「兵庫区 歴史花回道」の案内がある。また歩いてみよう。


歴史がありそうで、味のある「温泉橋」なんだけど脇にはクリーンステーション。嘆かわしい…。細い路地を適当に抜けていく。


適当に歩いたら鳥居を過ぎてしまっていた。左奥から戻ってきた。スタート地点は大事にしたい。左奥への道を進む。奥の電柱にはまっすぐ約200m先に「豊国神社」、少し先で左に曲がれば「大山咋神社(おおやまくい)」と案内がある。


進むと上物に似つかわしくない立派な石垣が現れる。多分ここに「天清園」があったに違いない。なかなかの敷地の広さ。往時を偲ばせる(予想が合っていればだけど…)。進む道は右奥なんだけど、何かしらないかと思い左奥へ行ってみた。


大山咋神社まで来てしまった。この石垣のところに案内があったので目を通しておく。


豊国稲荷神社がこの大山咋神社境内末社に遷座したという内容が書かれていた。豊国稲荷神社がなくなった情報は得ていたんだけど、老朽化が激しくここに移ったのか。斎行は2016年10月4日(火)ということだからつい最近の話だ。

お参りするつもりはないんだけど…寄っておく。ここに豊臣秀吉公のご神体が置かれているんだね。


石垣がある宅地を北側に回り込むように進む。天清園道の始まりだ。

ページ:

1

2 3 4 5 6 7

コメント

    • 地元民
    • 2017年 9月 16日

    懐かしく、また興味深く拝見させて頂きました。豊国稲荷のすぐそばの家に昔同級生が住んでいました。一度だけ行ったことがあります。
    その時郵便配達のバイクがさらに奥まで走って行くのを見かけました。同級生によると、まだ奥に人が住んでるとのことでした。
    その同級生の消息は中学卒業後は判りませんが、少なくとも80年代後半までは廃屋に住民が住んでいたと思います。

    • 地元民さん おはようございます!

      貴重な情報とお話ありがとうございます。
      こうして地元の方からのあまり表に出ないかつての話がやはり嬉しいです。
      私は「廃屋と言えば、もうそれはイコール水害だろう」くらいの認識でした。
      これは改めねば…。80年代後半ということは比較的最近ですね。私も中学生の時分です。
      ちょっとした集落に見えますので、なぜ捨てられてしまったのか少々謎は残りますが。

      平野の草谷あたりも同じような年代の廃屋のようなものもありましたし、
      ある一定のタイミングで何かしら起こったのかな、とこれまた想像しています。

    • 地元民
    • 2017年 9月 28日

    お返事有難うございます。

    私も気になり、近辺に住む知人数名に聞いてみました。が道が奥まで続いてるのは知っててもだれもその先は知らないとのことでした。期待した元新聞配達員も全く知らず、配達も行ったことがないと言ってました。
    ただ一人60代の人が湊山温泉近くに引っ越してきた20年程前、豊国稲荷までなら行った事があると言ってました。
    その時豊国稲荷のそばに家は無かったか?と聞いてみましたが覚えていないとのことでした。

    私は86年中学卒ですが、その時までは同級生が住んでおり、その奥にも住人が居たはずなんですが、その後のことは結局何も判らずじまいでした。
    もう少し範囲を広げて聞いてみようと思います。

  1. 地元民さん こんにちは。

    住所としては烏原町4丁目などになると思うのですが、ネットでは特に情報が得られませんね。
    途中にある一際大きな廃屋がありますが、地図で見る限り、その谷筋の奥にも廃屋がありそうに思います。

    廃屋の数からして一帯で50人くらいは居たのではなかろうかと思いますが。どうなんでしょう。
    あまり触れないほうが良いものなのか、どうか。
    神戸新聞の過去記事(該当記事があるかどうかは知りませんが)をいつか見てみようと思います。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


絞り込み検索

  • カテゴリー

  • タグ

  • キーワード

神戸市境界石

  1. 神戸市境界石No.72-77 平野谷西尾根から極楽谷経由で再…
  2. 神戸市境界石No.116-87 県立美術館を起点に青谷道、東…
  3. 神戸市境界石No.80 石柱の番号を確認しに高雄山へ。再度山…
  4. 獅子ヶ池から神戸市区境界を追う。苅藻川を経由してひよどりごえ…
  5. ハーブ園山頂駅からビクトリヤ谷。天狗峡残骸を確認し、高雄山管…

ナレッジ記事

  1. 菊水山周辺についての下調べ。
  2. 【神戸100年 写真集】明治以降の六甲山周辺の風景。
  3. 【神戸100年 写真集】明治以降の布引周辺の風景。
  4. 山行記録のまとめ方改。Google マイマップで一覧を作成し…
  5. 神戸市北区花山中尾台3丁目、阪神高速7号北神戸線下の「関係者…

ピックアップ記事

  1. 日没岩から日没東谷溯行。三国池から三国岩経由でアイスロードを…
  2. 六甲川遡行。大土神社脇から入渓、都賀谷上流右俣から丁字ヶ辻ま…
  3. 敏馬神社から島田道を経て摩耶ケーブル下。摩耶東谷を下って深谷…
  4. 東山崩落斜面がどうなっているのか確認。西谷川(狐西谷)支流を…
  5. 日柳川左岸の山小屋跡を見に行く。山小屋跡から支流を登る。
PAGE TOP