2026年10月18日 日曜日。二週間前の記録にshinji50さんからコメントをいただき、そのとき杣谷で確認した『日本のゴルフ史』にいう「半みち石(Flat Stone)」、あるいは『INAKA』に登場する「Half-way Stone」について、自分の比定に自信がなくなった。おそらく間違えているだろうとも思う。まずもって、その岩があったとされる場所はおおよそ「北緯34度44分9.596秒、東経135度12分47.300秒」。ナバ谷出合いのあたり、私が見た場所はそれよりも少し南。サイズも少し小さく感じていた。というわけで改めて確認しに行くことにした。

その前に「涸れている大正池」である。これはもちろん、トゥエンティクロスにある高雄山砂防ダムの水たまりのこと。一週間前にXで「涸れている」旨のポストを見て、私も早速見に行くことにする。前半を少しでも端折るべく乗り合いロープウェイで世継山へ。片道1,900円。高い!年パスが4,900円っていう。
レストハウスを抜けて北東角から山道に入る。その後は天狗道を西へくだり、北へ向かいトゥエンティクロスへ入る。

進むと三笠岩がある。ここは手前にある迂回路へ進まずに、北へ数メートル行けば至るところ。なんだか10年前と雰囲気が違うなぁと思う。登る人も減っているのかも。

さて、大正池。河童橋から南を見る。随分と涸れているんだなぁ。そして今まで全く意識していなかったんだけど、写真奥に影=顕著な谷筋が見える。これは確認してみなければ。というわけで行けるとこまで、進んでみる。大半が砂地なんだけど、ぬかるみもまぁまぁある。

ダム方面に流れが曲がる場所、東側に谷の入口がある。出だしがクライマックスっていう感じの涸れ段瀑。4段で多分15mほど。黒岩尾根の支尾根・谷はほとんど歩いているつもりだったけど、ここは盲点だったなぁ。そもそも普段なら取り付くのが面倒な場所。

結果、そのまま写真のさらに奥、堤体裏側直近まで進んだんだけど、何も発見はなかった。実は境界石があると睨んでいるエリアだったんだけどなぁ。諦めよう。
このあとは杣谷へ向かうべく選択肢を考える。一番早そうなのは左の斜面を強引に登って黒岩尾根に出るのが良さそうだ…という選択はせずにトゥエンティクロスを素直に北上することにした。

森林植物園への分岐を過ぎて生田川を渡る橋にきた。ここから東へ曲がると徳川道になる。(この写真右手から続く尾根=今の取り付きとは違うけど、いわゆる黒岩西尾根が、St. Valentine’s Ridgeだと私は思う。2月15日だけど)

すぐの道標に疑問が1つ。この古い道標には「ドライブウェイを圣て黄蓮谷」とあるんだけど、すぐそばの新しい道標には「黄蓮谷を経て西六甲ドライブウェイ 1.6km」とある。この違いはなんなんだ。

徳川道を東へ進む。現在DWは北側の山腹にあり、車の音も聞こえるわけだけど、かつて、この徳川道がDWになる予定があったみたい。それに関してはまた改めて深堀りしたい。

「中谷出合いの石垣跡」などを改めて確認しながら進む。

それからこの案内板ね。のっけの「対岩」に突っ込みたい。本当に高さ1.2mほどの石積みの上に道があったのかなぁ。見る感じ、道を支える壁があったようには思うけど。昔はもう少し高い位置に広めの道が通っていたのか?
まぁ、どうあれとにかく杣谷へ向かう。15:20に杣谷峠着。

杣谷を下って木ノ袋谷出合いを見送って、ここ。ナバ谷出合い。『日本のゴルフ史』の地図によれば、「半みち石」があった場所。注意深く周囲を見てもそれらしいものは見当たらない。
少し先の、行き止まりの道標があるかつての石段方面へ進み、ダムを越えて、下りながら川の方も見てみるものの……いくつかそれなりの大岩があるのみ。

例の小滝の上にきた。そこには約1m四方の岩が鎮座している。なぜここにこのようなものがあるかといえば、そりゃ上のどこかから流されてきたんでしょう。ちなみにこの岩には破断面がある。

さて、小滝を下ってMuscleが「半みち石」と思った岩にきた。比較対象としてザックを置いてみる。うん、それなりな大きさではある。
『徳川道 西国往還付替道』によれば、「但右手ニ六畳敷程ノ平石アリ」とある。これが「半みち石」のサイズと仮定すると大体畳六畳分。

今日は5mメジャーを持ってきた。ざっくり測ると、320cm×160cm。とても六畳には足りない。もし、この岩が上流から流されてきたとすると、古写真と現在の岩の奥に見える道の形が似ているという、以前の見立ては成り立たない。

ちなみにこの岩にも、側面に破断面らしき跡がある。佇まいからして、上流にあった岩も含めて、どこかから流されてきたんじゃないかと思う。
結局今日も謎は謎のまま、どこに行ったんだ?「半みち石」。

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