摩耶・長峰

(更新日: 2018.7.27) , , 0

下見山行。杣谷道から摩耶東谷を歩く。

2017年12月10日 日曜日。11:45起床。今日は家でゆっくりしようかなと思っていたものの、昼過ぎからTokiwaさんとやりとりしているうちにムクムクと山行意欲が湧いてきた。お互いメインの山域である摩耶山、その中でもなかなかかつての決定的な痕跡が見つからない摩耶東谷に改めて行ってみることにした。


14:40 護国神社前で下車し、西側にある交番から坂道を登ってきた。この二俣の左は人、車行き止まりとある。一応寄っておこうと思い進むも、最奥でライオンズマンションに阻まれた。またここへ戻ってきて右へ長峰坂を登る。


坂道を進むと私有地の壁に石が埋まっている。自然石の道標の類か?と思うものの削れてしまったか、何か書いてあったような何も書いていないような…しかし位置的にもこれはどう見ても道標なのでは?


さて杣谷道方面へ進む。車が停まっているあたりが長峰橋で、その奥が永峰堰堤(長峰堰堤)。そこには迫田石材があって、その右脇を抜けて長峰霊園へ入る。


島田文治郎翁顕彰碑があった。背面には色々刻まれていたんだけど、時間がないので先を急ぐ。これは油コブシ道の下にある石碑と同じタイプのものだろうと思う。


墓石の間を抜けて杣谷堰堤付近まで来た。山寺尾根越しに見える掬星台はなかなかダイナミック。柵を抜けて堰堤上流側に下る。柵周辺には古そうな階段があったものの、上流側は崩壊していた。


広い堆砂地に下りる。写真右奥はハチノス谷、中央右が杣谷川、左奥の暗いところは摩耶東谷。ここからまず杣谷左岸道を進んで行くことにした。


杣谷川の左岸、かつての道標が立っている。といってもまだ新しい部類だ。杣谷峠と道標が示す方向にはもう1つ道標があり、そのまま道なりに進んでいく。


現在の杣谷道の渡渉地点を過ぎた折り返し地点に行き着いた。さてここから摩耶東谷に行くべく、杣谷道を下っていく。


山寺尾根の取付きを過ぎると右手に石階段と右奥に不法占拠と思われるトタンの敷居がある。


脇道に入るとゴロッとした大きな岩。これが妙見岩。「妙見堂 南無妙法蓮華経」と掘られている。ここから左上に登っていくと社がある。


おや?扉が開いている。以前来た時は閉まっていたのに。黒竜大明神と書かれた岩が納められている。
以前歩いた記録はこちら。


15:23 さて今日の主目的、摩耶東谷を進む。今日は下調べだし、もう遅いので途中で引き返すつもりで来ている。

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