菊水・鍋蓋・再度

, , , 7

Tenseien-Path 天清園道(湊山谷)・菊水山・城ヶ越・神戸アルプス・甑岩。

Tensei-en Path-天清園道その2


廃屋を過ぎると金形堰堤。岩形といい、金形といい、どういう経緯のネーミングだろう?谷の名前は獺谷というみたいだけど。※白地図には「瀬川」とあるけど「獺川」の間違いだと思う。よくあることだ。


進むとドラえもん標識で分岐。進むのは正面奥「兵庫消防署」の標識が見える方。右手には緑色の手摺りがある橋。橋を渡ってみる。


小高いところに一際大きな廃屋がある。これは相当な人数が生活していたと思われる。ここは谷筋になっていて、さらに東へ進み尾根に出るであろう道が続いていた。また今度。


橋から戻って廃屋を右下に見ながら進む。それにしてもひどい散らかり具合だ。少々滅入る…。


建物が残っている廃屋はこれで最後だ。廃屋の間を進む。入ってみようかと思うも、崩れそうで怯むし、そもそも入ってはいけないだろう。


廃屋を過ぎると左手に謎の穴。炭焼窯などにしては小さいし、こればかりは謎だった。さてここから先は道なき道といった感じ。


竹が谷筋を埋めている。竹炭の生産が行われていたのだろうか?謎だ。


谷の左手に建物はないけど、廃屋があった。これが廃屋最終地点と言っていいかも。サラサラ〜っと土が流れる音がする。注意しながら上に行ってみる。

HITACHIのHI-FREEZEという名の冷蔵庫が転がっていた。開けてみると蜘蛛が這い出してきた…。調べてみると1967年製。昭和42年。ということはやはり水害で捨てられた廃屋群だったのか…?

1 2

3

4 5 6 7

菊水山周辺についての下調べ。前のページ

地蔵谷についての下調べ。次のページ

コメント

  1. 最近古地図を手に入れ、生まれた地域に「天清園」記載がありましたが、、、果樹園?屋敷?何なのかわかりません。
    ご存じだったら教えてください。
    ちなみに廃墟は昭和年水害????昭和42年には同級生が住んでいました。

    • 地元民
    • 2018年 4月 26日

    こんばんわ。
    先週思い立って豊国稲荷の跡地を見に行ってきました。謎の4人組に出会いました。年齢は80前後位のおじいちゃんとおばあちゃん、50前後と40前後位の女性2人。神社マニアを装って話しかけてみると、なんと元この集落の住人の方々でした。

    「ここ住まんようなって20年も30年も経つけどたまに見にこんとなぁ」

    とおじいちゃんは言うてました。どうも定期的に来てるようです。

    「昔も帰りはこの神社で一息付いて帰ってたわ」

    とおばあちゃんは懐かしそうに言ってました。やはり昔は沢山人が住んでたそうですが、だんだん減って行ったそうです。
    もっと話聞きたかったんですが、あんまり聞くのも失礼なんで、お礼を言って先を登って行くのを見送りました。

    結局、自分の持ち家、持ち土地なんで定期的に見に来てるんではないかなと。で年齢的事情や経済的事情で、もっと便利なとこに引っ越したんじゃないかなと。というのが私の推測です。

    ですが偶然の出会いに驚きました。

    • 地元民さん おはようございます。

      貴重な地元の方の話ですね。てっきり災害的なものがあったかと思っていましたが、
      その話しぶりからそういう話でもなさそうですね。

      時代の流れだったんでしょうね。
      放棄もされていないということで…もう少し行きたいところもあるのですが
      あそこら辺を歩く時には注意します。

  2. 地元民さん こんにちは。

    住所としては烏原町4丁目などになると思うのですが、ネットでは特に情報が得られませんね。
    途中にある一際大きな廃屋がありますが、地図で見る限り、その谷筋の奥にも廃屋がありそうに思います。

    廃屋の数からして一帯で50人くらいは居たのではなかろうかと思いますが。どうなんでしょう。
    あまり触れないほうが良いものなのか、どうか。
    神戸新聞の過去記事(該当記事があるかどうかは知りませんが)をいつか見てみようと思います。

    • 地元民
    • 2017年 9月 28日

    お返事有難うございます。

    私も気になり、近辺に住む知人数名に聞いてみました。が道が奥まで続いてるのは知っててもだれもその先は知らないとのことでした。期待した元新聞配達員も全く知らず、配達も行ったことがないと言ってました。
    ただ一人60代の人が湊山温泉近くに引っ越してきた20年程前、豊国稲荷までなら行った事があると言ってました。
    その時豊国稲荷のそばに家は無かったか?と聞いてみましたが覚えていないとのことでした。

    私は86年中学卒ですが、その時までは同級生が住んでおり、その奥にも住人が居たはずなんですが、その後のことは結局何も判らずじまいでした。
    もう少し範囲を広げて聞いてみようと思います。

    • 地元民
    • 2017年 9月 16日

    懐かしく、また興味深く拝見させて頂きました。豊国稲荷のすぐそばの家に昔同級生が住んでいました。一度だけ行ったことがあります。
    その時郵便配達のバイクがさらに奥まで走って行くのを見かけました。同級生によると、まだ奥に人が住んでるとのことでした。
    その同級生の消息は中学卒業後は判りませんが、少なくとも80年代後半までは廃屋に住民が住んでいたと思います。

    • 地元民さん おはようございます!

      貴重な情報とお話ありがとうございます。
      こうして地元の方からのあまり表に出ないかつての話がやはり嬉しいです。
      私は「廃屋と言えば、もうそれはイコール水害だろう」くらいの認識でした。
      これは改めねば…。80年代後半ということは比較的最近ですね。私も中学生の時分です。
      ちょっとした集落に見えますので、なぜ捨てられてしまったのか少々謎は残りますが。

      平野の草谷あたりも同じような年代の廃屋のようなものもありましたし、
      ある一定のタイミングで何かしら起こったのかな、とこれまた想像しています。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

AND 絞り込み検索

  • カテゴリー

  • タグ

  • キーワード

神戸市境界石

  1. 学校林道へ神戸市境界石90号と93号を探しに行くが…2日連続…
  2. 神戸市境界石No.55・62 高取山一の宮道経由で獅子ヶ池を…
  3. 神戸市境界石No.50・56 平和台自動車学院西の尾根から高…
  4. 神戸市境界石No.79 蛇ヶ谷右岸にて。錨山散歩のついでに。…
  5. 長田区一里山町の山中にある境界杭について問い合わせる。

ナレッジ記事

  1. 地蔵谷についての下調べ。
  2. 忘れ去られた谷と岩場。六甲学院 山岳部誌「たきび」を紐解いて…
  3. 神戸市北区花山中尾台3丁目、阪神高速7号北神戸線下の「関係者…
  4. 遡行図記号をイラストレーターで作成し、遡行図を作ってみる。
  5. 山行記録のまとめ方改その2。地理院地図でルートのまとめを作成…

ピックアップ記事

  1. 石楠花山南東 六百谷(仮称)を登り六百山を下る。
  2. 法徳寺北尾根(仮称)から崩落現場の上へ。老婆谷を下って摩耶山…
  3. 住吉川下流域遡行。ゴルジュ、滝、淵。住吉堰堤から小峰ヶ原砂防…
  4. 横尾から須磨アルプス。展望ピークから下って天井川。栂尾山へ登…
  5. 東山崩落斜面がどうなっているのか確認。西谷川(狐西谷)支流を…
  1. 摩耶

    摩耶東谷弥生滝から溯行。行者滝手前の支流右俣を経て参詣道。
  2. 布引・北野

    廃道天神谷から支尾根に突入。五層燈籠と石碑群に出会う。
  3. 摩耶

    葺合町周回。苧川谷杉尾谷右俣を登り、旧摩耶道から東山西尾根を破線道通りに下る。
  4. 西宮・宝塚

    生瀬から大多田川右岸支流の不動谷溯行。宝塚最高峰岩原山を経てエデンの園へ下る。
  5. 摩耶

    天上寺のヤマボウシを見に行く。摩耶東谷(旧道)の山腹道探索から上流最終右俣を詰め…
PAGE TOP