菊水・鍋蓋・再度

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Tenseien-Path 天清園道(湊山谷)・菊水山・城ヶ越・神戸アルプス・甑岩。

Steam-Cooker Rock-甑岩へ


左奥から下ってきた。ダム方向を向く。これが「河鹿谷」の谷筋かと驚愕。やるせない…。
この背後には滝壺を持った小滝がある。甑岩(こしきいわ)を目指して右奥へ斜面を進む。


天端から下ろうにも高さがあって止める。堰堤上流には監視塔らしきものがあった。何だろう?またいつか行ってみようと思う。このまま山腹を進むことにした。


ゴツゴツした感じ。浅い谷筋を挟んだ向こう側はもう甑岩の基部だろう。藪を掻き分けて進む。


城ヶ越の岩場が見えてきてテンションがあがる。とにかく岩の下まで行ってみよう。


東面下に来た。あらら、なんだか階段状で登りやすそう。とりあえず登っていくことにした。


が、上に行くに連れ階段状から壁状になり、トラバースして進むことにした。


岩塔の裏辺りに出ると北にはそこより高い位置に住宅が…。これでは…クライマーから避けられるようになったのも納得。


ピナクルに接近してみた。小さな松がかわいい。おそろしく登る気にはとてもならず引く。

甑岩 岩塔全景。松の裏手東面から登ってきたわけだけど、南西面はすごい斜度だ。行かなくて正解。


周辺には住宅街ということもあってフェンスが張られており、回り込まないと出られない。少し進むとフェンスが途切れて、ガードレールとの境を抜けて住宅街に出る。


中里中公園で一休み。ここらあたりの区画は谷(河鹿谷?)を埋めて造成されたという。大震災でも問題なかったというけれど、地すべりとか怖いと思う。歩いている方に聞いてみると空き家も出てきているようだし、一世代周ってしまったようだ。その辺の事情は昭和40年代の北区の新興住宅地にはよくある話。


中里町は神鉄バスが周回しているんだけど、土日祝は運転していない。平日の昼間もないようだ。結果、鈴蘭台駅まで歩いていくことにした。多少は土地勘が出てきている。

三枚目の写真の右奥から出てきて振り返る。鈴蘭台駅手前は昭和の雰囲気が少し残っている。この分岐地点には昔道標があったんじゃないかな?さて鈴蘭台駅へ。


鈴蘭台駅の周辺は再開発が進んでいる。その脇では小規模ながら、その再開発地のフェンスを利用して「なつかしい神鉄写真館」なる展示が行われている。これは昭和38年の鈴蘭台駅駅舎。


新開地から阪急に乗り換えて神戸三宮まで500円。今日は色々長くなったけど、昔に思いを馳せながら楽しめたかも。これからもこのシリーズをやってみよう。
昔の事情を下調べした上で書き上げる分、少々時間がかかるかも知れないけれど、それはそれで楽しめそうだ。

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コメント

  1. 最近古地図を手に入れ、生まれた地域に「天清園」記載がありましたが、、、果樹園?屋敷?何なのかわかりません。
    ご存じだったら教えてください。
    ちなみに廃墟は昭和年水害????昭和42年には同級生が住んでいました。

    • 地元民
    • 2018年 4月 26日

    こんばんわ。
    先週思い立って豊国稲荷の跡地を見に行ってきました。謎の4人組に出会いました。年齢は80前後位のおじいちゃんとおばあちゃん、50前後と40前後位の女性2人。神社マニアを装って話しかけてみると、なんと元この集落の住人の方々でした。

    「ここ住まんようなって20年も30年も経つけどたまに見にこんとなぁ」

    とおじいちゃんは言うてました。どうも定期的に来てるようです。

    「昔も帰りはこの神社で一息付いて帰ってたわ」

    とおばあちゃんは懐かしそうに言ってました。やはり昔は沢山人が住んでたそうですが、だんだん減って行ったそうです。
    もっと話聞きたかったんですが、あんまり聞くのも失礼なんで、お礼を言って先を登って行くのを見送りました。

    結局、自分の持ち家、持ち土地なんで定期的に見に来てるんではないかなと。で年齢的事情や経済的事情で、もっと便利なとこに引っ越したんじゃないかなと。というのが私の推測です。

    ですが偶然の出会いに驚きました。

    • 地元民さん おはようございます。

      貴重な地元の方の話ですね。てっきり災害的なものがあったかと思っていましたが、
      その話しぶりからそういう話でもなさそうですね。

      時代の流れだったんでしょうね。
      放棄もされていないということで…もう少し行きたいところもあるのですが
      あそこら辺を歩く時には注意します。

  2. 地元民さん こんにちは。

    住所としては烏原町4丁目などになると思うのですが、ネットでは特に情報が得られませんね。
    途中にある一際大きな廃屋がありますが、地図で見る限り、その谷筋の奥にも廃屋がありそうに思います。

    廃屋の数からして一帯で50人くらいは居たのではなかろうかと思いますが。どうなんでしょう。
    あまり触れないほうが良いものなのか、どうか。
    神戸新聞の過去記事(該当記事があるかどうかは知りませんが)をいつか見てみようと思います。

    • 地元民
    • 2017年 9月 28日

    お返事有難うございます。

    私も気になり、近辺に住む知人数名に聞いてみました。が道が奥まで続いてるのは知っててもだれもその先は知らないとのことでした。期待した元新聞配達員も全く知らず、配達も行ったことがないと言ってました。
    ただ一人60代の人が湊山温泉近くに引っ越してきた20年程前、豊国稲荷までなら行った事があると言ってました。
    その時豊国稲荷のそばに家は無かったか?と聞いてみましたが覚えていないとのことでした。

    私は86年中学卒ですが、その時までは同級生が住んでおり、その奥にも住人が居たはずなんですが、その後のことは結局何も判らずじまいでした。
    もう少し範囲を広げて聞いてみようと思います。

    • 地元民
    • 2017年 9月 16日

    懐かしく、また興味深く拝見させて頂きました。豊国稲荷のすぐそばの家に昔同級生が住んでいました。一度だけ行ったことがあります。
    その時郵便配達のバイクがさらに奥まで走って行くのを見かけました。同級生によると、まだ奥に人が住んでるとのことでした。
    その同級生の消息は中学卒業後は判りませんが、少なくとも80年代後半までは廃屋に住民が住んでいたと思います。

    • 地元民さん おはようございます!

      貴重な情報とお話ありがとうございます。
      こうして地元の方からのあまり表に出ないかつての話がやはり嬉しいです。
      私は「廃屋と言えば、もうそれはイコール水害だろう」くらいの認識でした。
      これは改めねば…。80年代後半ということは比較的最近ですね。私も中学生の時分です。
      ちょっとした集落に見えますので、なぜ捨てられてしまったのか少々謎は残りますが。

      平野の草谷あたりも同じような年代の廃屋のようなものもありましたし、
      ある一定のタイミングで何かしら起こったのかな、とこれまた想像しています。

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