今日の目的の場所に来た。写真中央やや左が崩落斜面。手前の古そうな谷止工に倒木が折り重なっている。右から越える。
谷止が土石や倒木をしっかり受け止めていた。この谷止は六甲砂防事務所の管轄外のもの。砂防事務所のものなら「土石流をくい止めた砂防えん堤」として紹介されていただろう。
崩落斜面を見上げる。阪急沿線から白く見えていたのは「のり枠工」の敷設が進んでいたからなんだなぁ。コンクリの白色ってわけ。右手にはS63年製の治山ダムが2連。遡行するのも面倒なので、この崩落斜面脇を登っていくことにする。
少し登って振り返る。崩れた瞬間はどんな音が響いたのだろうか。こうして見るとやはり砂防ダムって大事なんだと思わされる。
のり枠工の脇を登っていく。まだ作業の途中段階で、どんどんコンクリが流されていくんだろうと思う。個人的な感想だけど、なんだか味気ない。その点、苧川谷の山腹工事はこだわりがあるように思う。苧川谷は三宮からの景観に配慮している部分もあるようだけど。
作業用のモノレールから左上へ向け、斜面を登って尾根に乗ることにする。
目指すは古地図にある「天狗ノ鼻」。この岩については地図に載っているのをほとんど見ない。手持ちの地図ではこの「六甲-摩耶-再度山路圖」と「六甲山の地名と登路」ぐらいかな。
尾根に乗ってその肩まで一旦下る。ここから下は急斜面。そこにこの岩があった。これが「天狗ノ鼻」なのかどうか。ここから先の上部の尾根の中ではこれがもっとも顕著な岩だったので、これなのかな…。しかし天狗の鼻というには飛び出いていない。この尾根の形自体を指すのかも。
尾根を進んで崩落斜面の上に来た。左に見えるお宅の方はどんな気分だったんだろう…。とりあえず逼迫したことはなく、本当に良かった。にしてもやはりこうした場所は怖いなと思う。
地域防災対策総合治山事業(28 地防第1号)の概要を示した看板。これを見ると昭和63年に施工された谷止工が5基、崩落斜面の脇にあるっていう…。
右手に保塁岩などを見ながら六甲山ロッジを抜けていく。周囲には随分古くなっている建物も見られる。そう遠くない未来に廃屋になっていくのかも知れない。
六甲ケーブル山上駅に来た。今日は目まぐるしく天気がかわる展開。行こうと思っていた場所に行けたのは収穫。前ヶ辻谷は歩いてみたい支流があと少しある。それはまたの機会に。
話は逸れるけど、駅舎に入ると右手に「無事故記録 達成日数786日」とあった。怖くなって職員さんに聞くとこれは山上バスの記録とのこと。どんな事故だったんだろう。…そして六甲ケーブルも大丈夫なんだろうか…と、ふと不安になった。橋梁が随分古いと思うから…。
今日歩いた軌跡
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