須磨・長田・兵庫

(更新日: 2021.06.6) , 0

祇園神社北尾根から天王谷奥東服へ下る。平野西尾根展望道は廃道寸前。

2018年11月11日 日曜日。11:00起床。昨日は起きたら16:30…。今日も随分寝てしまった。外を見ると晴れているので山に行くことにした。ちょっとお疲れ気味なので短めの山行。


先々週の山歩きで気になった廃墟エリアを目指して歩いてみることにする。神戸市バス7系統「平野」で下車し、有馬街道を北上。すぐに祇園神社が正面に見えてくる。


祇園神社を右に見送り、有馬街道の旧道へ入って「平野町市民公園」。ここらあたりから折り返すうように破線道があるようなので、まずはその破線道を追うことにした。


市民公園の端っこ、施錠されたフェンスがある。立入禁止などの案内は見られないし、どうもその先に道らしきものが続いているようす。フェンスの端から失礼して山に入る。


出だしは随分と幅の広い道が広がっている。車も通れそうだ。


少し南へ進むと「東服(Ⅱ)地区急傾斜地崩壊危険区域」と示された案内板が転がっている。こうした案内板があるということは一応私有地ではなさそう。そのまま進むことにした。


おそらく祇園神社の北あたりを歩いていると思う。一部は倒木があり通過するのが煩わしい。


道なりに進んでくると石垣エリアが現れた。土砂崩壊を止めるための類には見えず、これはどうやら住宅の基礎のようだ。今歩いている両側に石垣がある。まずは一段上の石垣に上がってみることにした。


そこは随分だだっ広い平坦地になっていた。イノシシの箱罠は後年設置されたもののよう。


さらに一段上がって見下ろす。風呂というか、炊事場というか。そういう部分も見られる。この敷地とは別の敷地もたくさんあって同様の構造物が見られた。


このエリアは一体なんなのか。似たような場所で思いつくのは市ヶ原の布引の集落。あそこはゴルフ場開発などの出稼ぎの人たちが住んでいたというし、ここも天王谷ICあたりの何かしら工事の関係で住宅があったエリアなのだろうか?また調べとこ。


1960年代の空中写真を見る限りは結構広い敷地だったようで、屋根のある建物のようなものも見られる。後日祇園神社に問い合わせてみると、過去に宅地造成の話があったそうで、しかしながら立ち消えになったらしいとのこと。一方で山行当日の確認では衣類なども散乱していて、何かしらバラック的なものが建っていた時期もあるんじゃないかと思う。


廃墟探索でやや破線道を外してしまったものの、南へ抜けて尾根の尻の方へやってきた。ここからは普通の登山になる。

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湊山谷(天晴園道)西尾根を登って謎の遺構に出会う。280mピークから東へ下って天王谷IC。前のページ

天王谷インターチェンジ東西の尾根。梅元西尾根を経て天王谷IC、IC西の破線道から220mP、湊山谷廃屋群を巡って天王橋まで。次のページ

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