2026年10月31日 土曜日。今日は、今後10年くらいのブログの核となりそうな記録のための下見を兼ねつつ、まだ歩いたことがない、地味そうな谷筋を歩いてみることにした。雨後だから多少の期待はもっている。

今日歩くのは大池地獄谷の中盤にある支流なわけで、通常なら大池駅だろうけど、なんとなく神鉄花山駅で下車。
大通りを渡り、住宅地の坂道をトボトボと登り始める。住宅街の間を抜け、西へ進んで水晶橋を渡る。

大池小学校前の自販機で水分を購入して、小学校の裏手を進む。どうもイマイチ…正直、石楠花谷・大池地獄谷方面へのスムーズな入り方が掴めていない。

ちょっと寄り道して、地獄谷と石楠花谷の合流地点に来た。北向きで写真を撮影。ここが「GOATS’ CROSSINGS」だろうと思う。
2017年2月26日はもっとすっきりしていたんだけどなぁ。10年近く経つと随分変わるもんだ。

IN THE GOATS’ CROSSINGS. H. E. Daunt. phot.
さて、戻って地獄谷道を進む。

少しばかり進むと左手、地獄谷東尾根の崩壊が進む斜面が目に入ってくる。

谷が開け、奥に水晶山第四砂防ダムが見える場所に着いた。今日登るのは写真左の小さな流れが垂れる谷筋。
雨後だからそれなりに流れがあるけど、普段はどうだろう?
ちなみに、このあたりの左岸には、かつて炭酸泉が湧いていたと思われる。以下は『近畿の山と谷』の山田川のパートより抜粋(原文ママ)。
峽谷の奇勝は、六七二mの側面に峙つ絶壁を仰ぐあたりが最も高調され、數町下ると廣く展けた谷間に出て以前はここに炭酸泉が湧出してゐた。
周圍をコンクリートでかためた一坪程の水槽をしつらへ、中にフツフツと氣泡の立つ炭酸泉が湧いてゐたのであるが、十二年の出水によつて跡方もなく押流され、いまは湧き口すら見出せぬ荒れ河原となつてゐる。
この炭酸泉は、『INAKA』に出てくる「Radium Hut(Radium Spring Hut)」と関係するものではないかと思う。小屋というくらいだから、かつては屋根もあったのだろうか。
「直木図」「六甲山の地名と登路」にも、このあたりには温泉マークが描かれている。

前の写真の手前にある右岸。鉄分が沈着していると思われる岩肌。
大正2年に分析が行われた大岳鉱泉の所在地は、『日本鑛泉分析表』では「山田村上谷上村字大岳8番の下川中」とされている。地番からの比定候補は、ここからもうちょい下流側になる。
ここも調べれば、今でもそれなりの結果が得られそうに思う。けっこう臭うし。

さて、左俣の入口である。1m程度のなんとも頼りない小滝。さて、どんな展開が待っていることやら。

地獄谷本流側はアレなのだが、こちらの水の綺麗さに驚く。掬ってみて嗅いでみるものの、変な臭いはほとんどない。
地獄谷東尾根の斜面では、多くの岩に亀裂が見られる。そうした亀裂を通ってしみ出した水なのだろうか。

岩屑が多い谷筋を登っていくと、右手に険しい岩溝が現れた。

次はミニゴルジュ。正直、短い谷だし、期待はしていなかったけれど、なかなか変化があって、見飽きない展開が続く。

ミニゴルジュを抜けた先で二俣になっている。水流がある左へ進む。

左へ入るとすぐに、本谷のクライマックスとなる2段の滝が現れる。上段はチョックストーン滝で、4m弱だろうか。滝とあれば登ってみなければ。

う〜ん、右から普通に登れそうではある。半分まで登ってみたもののステップがやや外傾。下段も含めてクライムダウン。
これからはもう、滝を無理して登ることはなさそうである。

二俣地点の少し上から、最小限に巻くことにしたものの、ほんのちょっと面倒な展開になってしまう。

巻いて谷筋に戻ると、正面の右岸に、鉄分を含む水が滴っているような壁状の滝が現れた。なかなかの大きさ。

チョックストーン滝の落口から下流側を眺める。なかなか良い雰囲気。

左手の岩の下部にまたオレンジ。これまでの谷歩きでここまで続くのは初めて見たかも。地獄谷ならではなのか。

あとはもう源頭部へ向けて、つまらぬ詰めを残すだけかと思っていたら、左岸に小滝が現れた。最後まで楽しませてくれる。

進むと、谷筋を分かつ特徴的な『鱗状の岩』があった。右へ進み、裏から見ると、屹立した岩だった。

最後のひと登りでゼェハァして、ようやく地獄谷東尾根に合流。このあとは素直に尾根伝いに進んでいき、シュラインロードに出合う。

シュラインロードから脇道へ入る。ここ、多分だけど、ドーントたちも結構歩いていたんじゃないかなぁ。

ここから敢えての北回り。私の認識ではサンセットロードなのだが「記念碑台からダイヤモンドポイントまで」をまとめてノースロードということになっているのか。

どうあれ進んでいくと、側面に『H2』と彫られた石柱が路傍にある。

折り返し地点の階段の一角には、カタカナの「ケケ」と読める石柱もある。まぁ、何かしら敷地の境界なんだとは思うけど、よくわからない。
いや「KK」と読むとすると、川崎汽船の可能性もあるかも…。
帰ってから調べると、神戸市の資料に「川崎汽船六甲保養所」の記載があり、所在地は「神戸市灘区六甲山町北六甲4512-220」。住所から調べた場所も、どうやらこの近辺だ。同社の敷地境界を示すものだったのだろうか。で、さっきの「H2」はなんなんだ。う〜ん、気になりすぎる。あぁまた、謎が増えてしまった。
このあとは記念碑台にも立ち寄って、最後の仕上げへ。記念碑台交差点から六甲ケーブル山上駅へ向かう途中で、脇道に入る。

今回のゴールはここ。「ドーントロック」と呼ばれたドーントの別荘があった場所である。周辺より小高いこの場所には、古写真に写る石造物の一部が今も残っている。
勝手ながら、私にとっては聖地的な場所の1つ。ただ、脇には給水タンクか貯水タンクらしきものがあって、なんだかもったいない雰囲気。
うまいこと整備されたらと思うが、周辺がなんともアレなので、難しいかも。
でもこうして、今も残っていることが喜ばしい。

“DAUNT’S ROCK” H. E. Daunt, photo. INAKA Vol.3

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